大事なのは、ノートを「書いたあと」。
8年分の
それでも、
ノートが
8年分のノート
小5の
- 高陽
「良かった
こと /悪かった こと」を 色ペンで 分けて 書き始める - 高陽
〈悪かった
こと〉に 「←なぜ」を 書き足すようになる - サンフレッチェ
広島 ジュニアユース 「なんで
良かった? なぜ 悪かった?」と 問われる - ジュニアユース
U-14日本代表
(エリート プログラム)に。 全国大会で 日本一 - ジュニアユース → ユース
U-15日本代表候補に。
秋に ユースへ 上がる - ユース
U-16日本代表に。
「子供の サッカー」と 言われる - ユース
「もっと
考えろ」。 原因を 自分で 言葉に する - ユース
チームを
引っぱる 側へ。 秋に 大学受験
コーチの問いに、次の日の自分が答えている
最初の
よく
201書いています。 優先順位の ことが 書いてない。 SBと しての 優先順位は 何ですか? 1年12月24日 コーチの 書き込み
翌日
もらう前に
201首を ふって ゆう せんじ ゅんいを 決めて ダイレクトで 出す。 1年12月25日 本人の まとめ (赤枠)
答えを
小学校の
この
201試合は、 山口先生や 高島コーチから 「くさびに 入って こい」と いわれ、 さん こうに してみると、 いい 動き出しが できた。 今度からはくさびに 入ろうと 思った 1年7月20日 可部戦
「←なぜ」を、自分で書き足すようになる
小6の
パスが
201弱すぎた こと。 ←足に ミートできていなかったから。 2年4月4日
4月に
く
201さびの パスを 早い ボールでてんで 合わせた こと。 (赤) 前の 反せいを いかしてやったから 2年7月15日 フジパンカップ
6月の
「なんで良かった? なぜ悪かった?」
ジュニアユースに
なんで
201良かった??
なぜ悪かった??
どうやったら良くなる? 3年6月1日 迫さん (赤ペン)
その
自分の
201行動を 決定するのは、 いつも 自分と いう こと。 他の 誰でもない。 3年6月18日 赤ペン
9月の
サッカーノートを
201書くだけでなく、 練習・試合で 使えるよう out putしたい。 3年9月4日
言われたことを、4日後に試す
5月、
来年は
201自分も 大志君を こえて MVPを とりながら 点も 決めれる 選手に なる。 4年5月 プレミアカップ全国大会の まとめ
10月、
右足で
201シュートする 時は 右を 狙う。 (中略) もっと 周りを 観察する。 頑張れ!! 4年10月27日 沢田さん (緑ペン)
4日後
右足で
201シュートなら右。 左なら 左を ねらうを すごく 意識 できたから 良かった。 こうゆう 意識が あると キーパーも 見やすくなって ゴールできやすい。 この 感覚を 忘れない。 4年10月31日 本人
日の丸と、忘れたユニフォーム
2月、
バイエルンで
201プレーする。 Wカップで 点を 決める。 5年2月 U-15日本代表候補キャンプ
6月には、
一流は
20120回チャンスが あったら 20回とり続ける。 それ以外の 人は 来ないと 思って 動き出さず、 急に 来た チャンスを 走って おけば 良かったと チャンスを 逃す。 その 差は 大きい。 5年6月 コーチ (青ペン)
8月、
1番は、
201チャレンジャー精神で、 2番は 常に 横には 仲間が いる こと。 これを 忘れない。 ユニも 忘れない。 5年8月6日
「考えろ」と書かれても、考え方は分からなかった
U-16日本代表に
考える
201量って、 本当に なんなんだろう。 考える 量、 「意識する 量」 もっと どうすればいいんだろう。 6年5月21日
3週間後、
陸人の
201ノートは 代表日誌も 含めて 書いてある 日は 多い方でも 3年と 2年に くらべたら 全然 少ない。 内容が 甘い。 まずは もっと 振り返って 出来たのか出来なかったのか、 なぜ出来なかったのか 書く →これが 考える ことの 第一歩。 6年6月15日 沢田さん (緑ペン)
U-16日本代表でも、
実際に
桂陸人ノートでは 考えてやれてたけど、 書かれてるだけで、 何を どう具体的に 考えればいいか 分からなかったな。 (じりつLABO代表)
原因を、自分の言葉にするまで
ミスが
なぜ、
2011個しか 意識できなくなるのか。 自分に 自信が ないのが、 1番の 原因だと 自分は 思う。 (中略) 言われてできても ダメで、 自分から スイッチを 入れれるようにならないと 今日の ことを またくり返してしまう。 7年3月31日
同じ
完全な
201守備は ない。 だから 毎日 毎日 ゴール前の 守備と 攻撃を 練習している。 もっと 考えろ !! 7年4月6日 沢田さん (緑ペン)
6月には、
自分の
201不得意な プレーばかり、 気を 使ってしまって、 得意な スピードに 乗った ドリブルとか、 裏への 抜け出しとか、 そういうのを 出しきれてない。 「ゴールに 向かってない」 これが 1番の、 今点が 取れない 理由かもしれない。 7年6月3日
そして
できる
201ときは、 力が 入ってない 時。 できない 時は、 力が 入っていて、 1個しか 見れない 時。 7年8月23日
迷った場面で、ゴールに向かった
7月30日、
人生で
2011番苦しい 試合だった。
振り返りたくないけど、悔いは ない ことだけ 言える。 8年7月30日
ラスト、
2012-1で 勝っている 時、 俺は 時間稼ぎを するか、 ゴールに 向かうか 迷った。 最初は 時間稼ぎを しようと 思っていた。 でも、 イケると 思って、 ゴールに 向かった。 (中略)もし、 あそこで ゴールに 向かっていなかったら、 今後の サッカー人生でも ずっと 逃げて ばっかの、 弱い 選手に なっている 気が する。 (中略) これだけ 大切だから 書いておく。 8年7月30日 大宮戦 2-3
1か
ここから
201本番に なる。 味方に 要求する こと、 その 中で 少しの ズレを 合わせていく ことが 大切に なる。 FWと して チームを 引っぱれ !! 8年8月26日 沢田さん (緑ペン)
ここまでやっても、足りなかった。
- 8年間、
ほぼ 毎日 書いた。 約2,800日、 約20冊。 - コーチの
問い に、毎回 自分の 言葉で 答えた。 - U-14日本代表
(エリート にプログラム) 〜U-18日本代表 選ばれた。
それでも、
もしなれていたとしても、
ノートに
技術も身体能力も、
土台は「考える力」。
土台は
技術や身体能力は、
代表の仲間とのちがいは、ノートの中身ではなかった。
同じ
ノートに
桂陸人書いていた 中身は、 タケたちと ほとんど 変わりません。 違ったのは、 書いた あとの 行動です。 (じりつLABO代表)
行った
それでも、この習慣は
社会に出て武器になった。
社会に
サッカーの
だから、
- 01結果を
出す 振り返りと 改善を、 毎日くり返す - 02数々の
表彰 出した結果が、 社内で 評価される - 03
最年少で、 超大手クライアントの 担当に 結果と 表彰を 重ねて、 任された
じりつLABOは、その「書いたあと」を毎週いっしょに。
「考えろ」で
書いた
桂陸人ことを、 次の 行動に 変える。 当時の 自分に いちばん足りなかった この 部分を、 毎週 いっしょに 考える 場所と して じりつLABOを つくりました。 (じりつLABO代表)
週
厳しい
5つの
監督でも、親でもない。
“専属コーチ”という、新しい存在。
“専属コーチ”と
子どもの
試合に
いちばんの
評価も
一人の
じりつLABOには、
お子さんは、
サッカーノートを書いていますか?
A書いていない・続かない
- 何を
書けばいいのか 分からない - 書き始めても、
三日坊主で 終わる - 言われた
ことしかやらない
B書いているのに“書いて終わり”
- 毎日
書いているのに、 伸び悩んでいる - 同じ
反省を、 何度も くり返している - 書いた
ことを、 練習で 使えていない
書いていない
じりつLABOには、
書く
- 何を
書くかを、 一緒に 決める 目標から 逆算して、 毎日の 「今日やる こと」と 振り返りの 項目を コーチと 決めます。 白紙の ノートに 向かわせません。 - 書いた
ものに、 必ず 返事が 来る コーチが 読んで、 問いを 返します。 読まれると 分かっているから、 書くことが 続きます。 - 毎週、
書いた ことを 使う 週1回の 面談で、 書いた ことを 次の 練習の 行動に 変えます。 書く 意味が 分かると、 自分から 書くようになります。
サッカーの
ことを 言わなくなったから、 親と して 気持ちが すごく 楽に なった。
小3の
冬、 ほとんど 喋らなかった 子が、 半年後には チームの キャプテンに。 自分の ミスを 「もっと こう すべきだった」と 言葉に できるようになりました。
8年間
だから、
今ノートを
まずは
じりつLABO代表桂 陸人
公式LINEに
掲載している




